自律神経

自律神経は、西洋医学では「交感神経」と「副交感神経」の2つの神経から成り立ち、私たちの意思とは関係なく、呼吸・心拍・血流・消化・体温調節・ホルモン分泌など、生命維持に必要な機能を自動的に調整している神経系とされています。


交感神経は「活動モード」を司り、緊張時やストレス下で優位に働きます。一方、副交感神経は「休息モード」を担当し、睡眠時やリラックス状態で活性化します。この二つのバランスが崩れることで、自律神経失調症やストレス関連の不調が現れることが知られています。



しかし、東洋医学では自律神経をこのような「交感・副交感」といった二元論では捉えません。東洋医学が目指すのは、「全体の調和」であり、そのためには体と心、自然との一体化が重要視されます。 


東洋医学は、体内に「気・血・水(き・けつ・すい)」という3つの基本要素が流れていると考えます。

この中で、自律神経の働きに最も関わりが深いのが「気」の流れです。気は生命エネルギーそのもので、全身に流れ、心身の働きを維持します。血は全身に栄養と酸素を運ぶ役割を果たし、水はリンパ液や体液など、身体を潤すものです。これらの流れが滞りなく循環している状態が「健康」とされ、どこかに詰まりや不足が起きると「病」の原因になると考えられています。


東洋医学における自律神経の概念は、「気の流れを調整する機能」として捉えられます。つまり、気の流れがスムーズであれば自律神経も整い、心と体のバランスが取れるのです。逆に、気が滞ったり、過剰・不足の状態になると、ストレス、不眠、倦怠感、消化不良、冷え性など、現代でいう「自律神経失調症」に該当する症状が現れます。 東洋医学の基本原理である「陰陽論」と「五行論」も、自律神経の理解に欠かせない概念です。


陰陽は、万物に存在する相反するエネルギーを表します。自律神経でいえば、交感神経は陽(活動、緊張、興奮のエネルギー)を、副交感神経は陰(休息、緩和、鎮静のエネルギー)を司ります。健康な状態では、この陰陽がバランスよく調和しています。しかし、ストレス過多の現代人は陽(交感神経)が過剰に働きがちで、常に緊張状態となり、自律神経の乱れが生じやすくなっています。


東洋医学では、自然界や人体の働きを「木・火・土・金・水」の5つの要素で説明する五行論を用います。

人の体と心は「五臓六腑」によって調和を保たれていると考えられており、特に「肝」「心」「脾」「肺」「腎」の五臓は、自律神経のバランスとも深く関わっています。それぞれの臓腑は単なる生理機能だけでなく、感情やエネルギーの流れとも連動しており、そのバランスが崩れると自律神経にも影響を及ぼします。


まず、「肝」は気の流れを調整する役割を持ち、ストレスや怒りといった感情と密接に関わります。肝の気が滞ると「肝気鬱結」となり、自律神経の交感神経が優位になりやすく、イライラ、不眠、頭痛、肩こりなどの症状が現れます。また、肝は血液を貯蔵し、夜間には血を肝に戻して休ませるとされており、この働きが弱ると睡眠障害を引き起こし、自律神経のバランスを乱します。 次に、「心」は血液の循環と精神活動を司ります。


東洋医学では心を「神」の宿る場所とし、喜びの感情と関連付けています。心が不調になると動悸や不眠、情緒不安定などが起こり、副交感神経の働きが抑制されて自律神経が乱れやすくなります。また、心のエネルギー不足は集中力の低下やうつ状態を引き起こす原因となります。


「脾」は消化吸収を担い、体内のエネルギー(気)と血液を生み出します。脾の働きが低下すると気血の巡りが悪くなり、倦怠感、食欲不振、冷えなどが現れ、自律神経のバランスも崩れやすくなります。


また、脾は「思い悩む」と関係し、過剰な思考やストレスは脾を弱らせ、自律神経に悪影響を与えます。


「肺」は呼吸と体内の気の巡りを管理し、外部からの刺激に対するバリア機能(衛気)を担います。肺が弱ると呼吸が浅くなり、酸素供給が減ることで自律神経が乱れやすくなります。また、肺は「悲しみ」と結びつき、過度な悲しみや喪失感は肺の機能を低下させ、免疫力の低下や情緒不安定を引き起こします。


最後に、「腎」は生命エネルギー(精)を蓄える根源とされ、成長・発育・老化に深く関わります。腎のエネルギーが不足すると、冷えやむくみ、耳鳴り、腰痛、不安感などが現れ、自律神経の働きが乱れます。特に慢性的なストレスや過労は腎の機能を著しく低下させ、交感神経と副交感神経のバランスが崩れやすくなります。


このように、五臓はそれぞれが自律神経と密接に関わり合い、互いに影響を及ぼし合っています。東洋医学では、これらのバランスを整えることで、心身の健康を維持し、自律神経の乱れを防ぐことができると考えられています。


東洋医学の特徴的な概念として、「未病(みびょう)」があります。これは「病気ではないが健康でもない」状態を指します。自律神経の乱れは、まさにこの未病の段階で現れることが多く、西洋医学の検査では異常が見つからないのに、だるさ・不眠・頭痛・胃腸の不調などが続くといった症状が典型例です。


東洋医学では、この未病の段階でのケアを重視します。気・血・水のバランスを整え、陰陽五行の調和を取り戻すことで、症状が深刻化する前に改善へと導きます。


東洋医学では、自律神経のバランスを整えるために様々な方法を活用します。鍼灸・ツボ療法では、経絡に沿ったツボを刺激することで、気の流れを整えます。自律神経に効果的なツボとして、頭頂部の百会(ひゃくえ)、手首内側の神門(しんもん)、足の甲の太衝(たいしょう)などがあります。


薬膳・食養生では、五味五性(甘・苦・酸・辛・鹹、寒・涼・平・温・熱)を活用し、体質や季節に合った食事を摂ることで自律神経を整えます。ストレス過多で交感神経が優位な場合は酸味のある食材(梅干し、レモンなど)で肝を癒し、リラックスしたいときは温性の食材(しょうが、にんにくなど)で血流を促進し、心の安定には甘味のある食材(さつまいも、なつめ)が効果的です。


また、呼吸法・気功・太極拳などのゆったりとした動きと呼吸を組み合わせた運動も、自律神経のバランスを整えるのに有効です。


東洋医学は、自律神経の乱れを単なる神経の不調としてではなく、気・血・水の流れ、陰陽のバランス、五行の調和といった広い視点で捉えます。この包括的な視点により、根本的な原因を探り、心身両面からのアプローチが可能になります。自律神経の乱れは、現代人にとって避けがたい問題ですが、東洋医学の知恵を取り入れることで、未病の段階で対処し、心身のバランスを整えることができます。


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